■ルルルッ…
ルルルルッ…
どこかで電話が鳴る。
咄嗟に携帯つかんだが、なにが起きたのか分からない。
「早く支度してください」の声でやっと自分の立場を理解する。
立ち上がって窓越しに道路を見下ろせば、
ハザード付けた車が1台。愛弟子が迎えにきていた。
気づいてみると、昨夜の着のみ着のまま。
と、いうことは風呂にも入らず、炬燵で眠り惚けていたらしい。
肩に掛けた毛布2枚がカミさんの心づくし。
一旦眠ったとなると始末の悪い寝ぼけ亭主。
前日は清水港にカセ釣りに行き、
何としたかオデコで帰っての半ばヤケ酒。
宵のうちからふて寝していた。
カミさんが「お風呂に行って」などと肩でも揺すろうものなら、
ぶっ飛ばされる暴君なのだ。
一人娘を嫁に出し、二人きりになってから余計に酷くなった。
「5分、待ってくれ」と携帯に向かっていいおき、
冷たいコーヒーすすり込み、さて一服と煙草を探す。
あッ、そういえば、昨日、着ていた釣り衣装一式、
友人の車から降ろすのを忘れていた。
煙草はそのポケットの中。
まあ、一時の辛抱と我慢して国道の自販機をガチャン。
封を切るのももどかしくくわえて、ライター…と。
これもなかった。
ハンドル握る愛弟子は、2人目が生まれたばかりで禁煙中。
が、彼がコンビニに飛び込んで百円ライター買ってくる。
持つべきは気の利いた弟子。
昨夜から喫ってない。
一筋の煙りも逃さじと肺の奥まで吸い込めば、
ニコチンが毛細血管の隅々まで巡って、寝ぼけた脳を麻痺させた。
禁煙したばかりの弟子の気持ちなんぞ知ったこっちゃない。
福田港に着くまでチエーンスモーク、目眩くらくらのまま船に乗り込んだ。
●弟子が仕留めた2kgのマダイ
遠州灘はベタ凪だった。
キャビンに潜り込んで惰眠をむさぼること40分。
「着きました」と、またまた弟子に起こされる。
デッキに出てみれば、原発の塔が朝日に輝く。
伊豆半島の山並みを離れた太陽、
その光芒乱してほかの釣船が4、5隻。
ガイドに糸を通し終わった頃、
弟子はすでに仕掛けを入れて竿先見詰めていた。
遅ればせながらも仕掛けを降ろし、
やれやれと見上げた先の僚船では、
早くもタモが入ってマダイが上がる。
遠目にも色鮮やかな2kg級のマダイ。
わが船は沈黙。ふた流し目を終えても無言。
ハイ、上げて…という船長の声も、いつになく焦りがある。
3回流して舳先を回し、沖の船団に突っ込んだ。
今度は大トモに待望のマダイ。
ホッとしたか、船長がマイクつかんでご託宣。
「真面目にやれば釣れるんだからね」
2つ、3つと釣れ始め、船長の声も落ち着きを戻した。
が、船長の焦りを肩がわりしたのが私。
見詰める竿先に何の反応もなく、再び睡魔が襲ってくる。
ピチャピチャと遠州灘にしては珍しいベタ凪。
波の音を聞いてボンヤリ…していると、
そこへ「きたっ」と弟子の大声。
見れば竿先を海中に突っ込み、ドラグが滑って糸が出ている。
咄嗟に彼の右側にまわり、ドラグを調整して叱咤激励。
釣った本人が思うほどの引きもなく、
深紅の魚体が浮いてきた。心ここにないのはビギナーの常。
見事に心と体が分離して、舞い上がっている。
ワナワナと震える手でハリ外し、
クーラーボクッスに入れて「煙草、ください」だと。
二人目の子供のために禁煙したんじゃないのか?
とはいいつつも火を点けて唇に挟んでやる。
旨そうに煙りを吐く彼。
よしよし、煙草なんてものは、こんな時のためにあるもんだ。
そのあとは全くアタリがなく、岡に入ってイサキ狙い。
舳先にごろりと横になると、エンジンの音と波の音がい~い子守歌
いつしか夢の世界に誘い込まれた。
●親孝行したのかなァ
玄関入るなり、「マダイ釣ったよ~」
珍しく家内から反応がなく、
ニャオとでてきたのは、尻尾を立てたミーの奴。
靴を脱ぐのももどかしく、二階に向かって再度の大声。
私のことではない、当然ながら自己新記録を釣った愛弟子の話だ。
二階から降りてきた家人に向かい、「今日はパパが釣ったんだよ」。
「パパ、タイ釣ったあ」と、
2歳の娘が顔輝かせ、愛弟子にとって至福の時。
マメなのが身上のわが弟子は、庭に炭を持ちだしバーナーで着火。
師匠が眠っている間に釣った小鯛を乗せ、つきっきりで焼く。
終わって自慢の鯛をさばき、
大皿に盛って尻尾をピンと立てた姿造り。
イサキがたった5匹の師匠は、
うしお汁作る弟子から離れて応接間、
ソファーにごろりでまたもや、うたた寝。
ビールが旨かった。
弟子のカミさんが、わが家のカミさん迎えにいき、
始まったのがいつもの宴。
「おいしいね」と2歳の娘にいわれ、
ぐちゃぐちゃ笑顔のわが愛弟子。
宴も果てたが、まだ今日の感激を語り尽くせぬ様子。
恵まれた釣りに酔い、美酒に酔う。
それを見て、しみじみと弟子のカミさんがいう。
「お父さん、私は親孝行したんだね」と。
そう、彼女は釣り好き家系に生まれた一人娘、
その婿がくだんの愛弟子であった。
■付記
4代目こと、第3協栄丸/サンノジ。HNはできたが、なかなかHPができない。
沖釣りは2人とも結構好き。工夫が釣果にでるタチウオ、カサゴがとくに好き。
ということは、ここでも屁理屈が好きっていうこと。