■救急車、呼ぶ?

ガラガラ、ピッシン、と落雷の音。
どこやらに落ちた雷を目覚ましがわりに起き出した。
そういえば、今日は釣りの約束があったな…と、
キッチンに行き、冷たいコーヒーを飲む。
極度の猫舌の私は年柄年中、冷たいコーヒーしか飲めない。
起きがけの冷たい液体が胃袋に落ち、と、腰骨のあたりに鈍い痛み。
はて、心あたりはないのにとさすっているうち、
痛みが前にまわって下腹部に激痛。
「どうしたの?」と、私のただならぬ様子に気づいたカミさん。
その頃には体を二つに折って、呻いていた。
そう、私はイシモチだったのだ。
もっと精悍なクロダイぐらいに思っていたが、実はイシモチ。
いわゆる尿道結石。
こいつの痛さは、なった人しか分からない。
お産に続く痛さだという。
まァ、この時は2度目だったから、
まだ落ち着いていたが、最初の時は死ぬかと思った。
「どうしょう。救急車呼ぶ?」
そこへ玄関のチャイムがピンポ~ン、
釣り支度して現れた愛弟子を呼び込み、救急病院へと運んで貰う。
看護婦さんに導かれ、冷たいベッドに転がり込む。
こういうわけで結石が、と訴えるのも脂汗だらだら。
耐えること30分ばかり、やっと若い先生が現れて、
「レントゲン撮ります。ガマンして起きてください」
そろり、そろりと起き上がった途端、
尿道の石が膀胱に落ちて痛みが消えた。
●いい加減にして!
落ちてしまえば、ケロリと治るのがイシモチ病の特徴。
座薬貰って家に帰ってきたのが、8時過ぎだった。
「申し訳なかったわね、朝早くから…」と、弟子に朝飯勧める。
一応はフトンの中に入ったが、味噌汁の匂いに、
それまでどこやらに隠れていた腹の虫がグ~ッと鳴いた。

フトンを蹴ってキッチンにいき、普通に飯を食らい、
普通に新聞読んでいると、「それじゃ、ボク帰ります」と弟子。
「ちょっと、待てっ、行けるよ」といえば、
「いい加減にしてください」と叱られた。
もう一度目覚めたのが11時。
気がつけば隣に弟子が眠っている。
どこに行ったのかカミさんがいない。
これ幸いと弟子を揺さぶり、「おい、起きろよ」。
今から行くぜ」といえば、「大丈夫ですか」といいつつも、
弟子の目が輝いていた。
浜名湖に到着したのが、午後1時半。
みさき貸船のおばチャンに送られて桟橋離れ、
真っ直ぐ向かったのがS字航路。
先客が1隻、ここしかないっ…というポジションに船を止めている。
少し離れて様子を伺えば、結構いい型のキスが入れ食い。
それから70mほど離して、同じ筋に錨を入れた。
1投目を入れた途端、小気味いいキス独特のアタリ。
そのうちに3年クロダイがきたような、
竿尻上がるアタリがきて、湖内とは思えないサイズの22cm。
「いい型ですねえ」と弟子が焦り、
「へへっ、こんなもんだ」と私が高笑い。
朝の騒動がなかったように、いつものパターンが展開される。
●25cmがキュンキュン
まさに入れ食い。投げるたびに2連、3連。
この調子なら80匹と大口叩いた途端に、潮が変わってピタリとアタリが止まった
場所替えと弟子に伝えて、錨綱手繰ろうとしたら、ルルルルッと携帯電話が鳴る。
こりゃ、叱られると、一旦スイッチ切ったが、
思い直してこっちから掛ける。
「パン粉、買っときなさいよ、キスが入れ食いだから.....」
「何を呑気なこといってるんですか。大丈夫なの」
と、受話器の向こうで呆れ声。
弟子のカミさんがでて「パパと替わって」と親子連合軍で攻められた。
さァ、それからが苦労の始まり。
あれほどの群れが、まるっきりいなくなってしまった。
あっちだ、こっちだ…と表浜名湖を走りまわっても、
釣れるのは3匹止まり。
3時を過ぎても群れに遭遇せず、
ハリに掛かるのはシンコハゼばかりで、メゴチも食いはしなかった。
アサリ採りの船がいなくなると、平日の浜名湖は静かなもの。
周りに船はなくたった1隻で3番ミオに、
錨いれるなんてことは、滅多にあるもんじゃない。
浜名湖まるごと俺のもの…てないい気分。
ここでひとしきり食い立った。
釣れたキスのデカイこと。
遠州灘でも稀な25cmクラスがキュンキュンと竿先絞る。
●チンコロリン
ところが、この日の愛弟子は絶不調。小さなハゼとフグばかり。
カレイ釣りじゃあるまいに、デコレーションたっぷりのテンビン、
チモトは夜光のビーズ玉。
聞けば前の晩に遅くまで掛かって作ったという。
そんなもの、とっちまえ…というのに、この日はいつになく素直でなかった。
三度いって聞かなければ、放っておく。
釣果の差で自分の過ちを噛みしめればいい。
午後4時をまわって、いささか疲れが出た。
「終わろうか」というのを、「あと5匹釣らせてください」だと。
わが弟子ながら…といおうか、わが弟子だからといおうか、
こうなったら後に引かないのが困りもの。
先に竿仕舞いしてフロアに転がれば、梅雨はどこにいったやらという夏の雲。
ピチャピチャと船底叩く波音に、眠気を呼び戻されて眠ってしまった。
「帰りましょう」と肩揺すられて、時計を見れば1時間経過していた。
5匹釣ったのかと聞けば、首を横に振る。
さて、帰ろうかと立ち上がったら尿意を催す。
湖西連峰に向かって迸らせれば、ツーツーツーと下るくだんの石の感触。
チンコロリンと筒先から落ちて、湖面に漂う泡とともに消えていった。
■付記
99年の釣行記。
2000年に腎臓結石の手術をして、釣りは半年のブランク。
アレは痛い。実に痛い。
まだ2つ腎臓に残っている。弟子つまり婿殿たのんまっせ。