本浦は三重県鳥羽市の菅島の南にあり、切り込んだ湾は生浦湾。
以前は麻生ノ浦大橋の下辺り、今浦カキの養殖筏の釣りが有名だった。
で、外側の本浦に筏を新設したから試し釣りをということ。
「昨日は54cmがでました。頑張って」
と、釣り筏を開業した《やま栄渡船》の若船頭。
手広く牡蛎養殖を営んでいて、釣り筏は新規参入だから熱がこもっている。
竿をセットし、竿受けに乗せ尻手を付けようとしたその時、竿尻に袖が当たった。
竿先からスー。
呆気なく愛用のイカダ竿が海中に吸い込まれ、やがて見えなくなってしまった。
さあ、大変。大チヌへの期待を込めて、前の日に手入れしたばかりなのだ。
予備竿は車のなか、携帯電話の普及していない時代で、連絡のしようもない。
が、この釣りばかりは自分の竿でないというこだわりがある。
で、ハリス糸の先にハリを3本付け、4Bのオモリを数珠つなぎにずらり。
これを投げては、もしや掛かるのではと30分。掛かるわけがないのだ。
眠気が襲うが、悔しさが脳の芯に残り、無の世界に入っていけない。
むっくり起きた。未練がましいが、あと7回やってみよう。
ハリ3本付いた糸をくるくるまわし、海底に着けては手繰る。
まさかと覗き込む海中から穂先が見えた。
なんと、1本のハリが小さなガイドに掛かって、愛用の竿が上がってきた。
なんという奇跡。
「どうですか」の問いに、かくかくしかじか。
次の時合は夕まずめ、「よかったら、遊びに行きませんか」とお誘い。
スロットルを絞った先の筏に竿を持った人が一人。
ごついノベ竿、牡蛎筏の上を身軽に歩き、海中を覗いている。
と若船頭が問いかけ、やっと気づいて、上げた顔を見てびっくり。
小柄な年配の女性。チヌの見釣りの名手だそうな。
差し出した竹篭のなかには3匹の年無し。今夜の民宿の食卓に出るらしい。
エンジンを止めた若船頭。器用に牡蛎筏に沿って船を進める。
覗いて見れば、透明度の高い海中に牡蛎の殻をつつく3匹のチヌ。
40cm以上は悠にある。
その重みだけでチヌの鼻先に落とし込む。
フッとチヌが首を振った。
鷹揚に剥き身に近づき、口を開けた瞬間、若船頭が合わせた。
海中で翻るチヌが見えた。合わせたところで、糸を持って手練の手繰り。
やったり、とったりが数合。
最後は半ば強引に45cmのチヌが船のなかへ。
いいものを見せていただいた。それでいいのである。
で、海底から蘇った竿にエサを付け、遅ればせながらの第1投。
それから2時間の打ち返し。少し、潮が緩んできた。
着底したばかりのダンゴをつつく感触。ボラはいない。
次の瞬間は竿の半分が水のなか。黒い。デカイ。引きが強い。
耐えに耐え、取り込んだのが48cm。
体長のわりには元気のいいチヌだった。
スレを知らぬチヌが、引ったくるようにエサを食う。
で、欲が出た。どうせ釣るなら50cmオーバー、
昨日の54cmを超えねば、との欲である。
ダンゴが割れる前に出たアタリ。
ゴリ、ゴリ、ゴリッ。アケミ貝を噛み砕く。
ゴリ、ゴリ、ゴリッのタイミングを捉えて合わせ。
60cmもいるとの若船頭の言葉からすれば、はるかに役不足。
ややあって、またゴリ、ゴリ、ゴリッ。今度は間合いが短かった。
いきなりひったくられて、最初から竿の半分は水のなか。
糸をださなければノサレる。
果てしなく続くかのような物凄いパワー。
いつの間にか、H君が横に立っていて
「コイツは尋常なカタではないですよ」。自分でもそう思った。
何分のやり取りだったか。二の腕がパンパンに張ってきた。
感覚がない。魚はだいぶ寄ってきた。
筏固定のロープから離れないのだ。このままでは、やられる。
引き離せ、とアドレナリンに満たされた体が囁く。
多少、強引だったが、ロープから離すことは成功。
音がしてハリスが切れ、私の60cmの夢ははかなく消えた。
49.5cmが2枚。どうしても、50cmオーバーが釣れない。
ただ、ここと隣の石鏡のクロダイは磯臭くて食えない。
私にとって記録狙いの場所だ。
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