■これだけは伝えておきたい
私が黒鯛師として一番脂の乗っていた頃の話である。
当時、T誌の編集長だったA君から、Uガイドロッド開発のサポート依頼があった。
すでに開発は半ばまで進行していて、現物を渡されたのだが、
遠州灘の釣りにどっぷりと浸かっていた私には、その未来が見えていなかった。
彼はフィクサーとして着々と事を進めていた。
IKCなる集団を創り、フィールドテスターを育て、
Uガイドロッドが世の中に出て行く道を開拓した。
「落とし込み」「前打ち」という。
いまでは全国に普及している釣法のネーミングを考えたのも、彼とその集団であった。
遠州灘という殻の中で育った私が彼らとの交流のなかで、
名古屋釣法の真髄を知ったのもその頃。無知ゆえの甘さを恥じたのも、その頃。
伊勢湾の防潮堤に土着していた「タテのズイ釣り」が、
「名古屋釣法」と名前を変えて台頭していく。
と、同時にUガイドロッドは伊勢湾を中心として、じわじわとその輪を広げていった。
遠州灘でも、Uガイドロッドは真価を発揮した。
私の釣果に多大な影響を与えたのも事実である。
が、名古屋釣法の理論はまったく通用しない。するわけがないのである。
それはフィールドの違いであり、そこに棲むクロダイの習性があったからだ。
しかし、前打ちという名前、名古屋釣法という名前が一人立ちして、
モンスターのように全国へ波及していく。
その初期に私は愚かにも、その波に刃向かった。
若かったせいでもあり、先輩達が急変していく環境の中で培った土着釣法が、
無視されることへの憤りでもあったのだ。
名古屋釣法が全国を制覇したのではない。
Uガイドロッドが全国のミャク釣り師を魅了したのだ。
こう云い続ける私は、再び遠州灘の殻の中に籠もった。
Uガイドロッドという素晴らしいタックルがある。
これと遠州灘のフカセとの融合を図っていけばいい、こう思うようになった。
●前打ちとは
前打ちの定義は…無知な私に伊勢湾のパイオニア達は、秘技を見せてくれた。
まず、床(底)を取る。カニが底石に取り付いたのを、穂先で確認し次の底石に飛ばす。
そのプロセスを、ファーストトップのUガイドロッドは見事に表現してくれた。
一点だけ戸惑いを覚えたのは、その早合わせであった。
折しもシャクリ禁止がいわれ始めていた。
そのカニのしがみつきや跳ねを表現するため、それ以前にも針金ガイドは存在した。
それをR社の決断とA君のフィクサーとしての実力で、
Uガイドロッドとともに世の中に出したのである。
しかし、この釣法は名古屋港というフィールドの中で培われたものである。
それに似た条件、つまり、「真性前打ち」が通用するフィールドでしか、
通用しないのは当然のことである。
つまり、「床を取る」という一点が前打ちのこだわる定義であれば、
それの出来ない所では通用しない。本当の前打ちは…である。
当時の前打ちの伝道師たち、Uガイドロッドを携えて釣り、
全国を歩いたパイオニアたちは、これをすぐに見抜いた。
土着釣法との融合をすぐに図ったのである。
それは、そのフィールドでクロダイを釣るために不可欠のものだったからだ。
床を取らずに落ち込みでアタリを取る「超前」が、そのいい例である。
これを理解できなかったのが、一部の釣りマスコミであった。
すでに、土着釣法の伝統があって、いちはやくUガイドロッドを取り入れていた地方では、
「名古屋釣法がどこそこを制覇した」という記事を覚めた気持ちで見ていたのである。
●遠州フカセ釣りとは
遠州フカセ釣りは今切口の蛇篭でのフカセ釣りがルーツだといわれる。
残念ながら、私には経験がない。
が、私の師匠はこの釣りの名人で、アタリの前のクロダイの動きを、
「糸が鳴く」ことで知る人であった。
私は早逝した師匠の年齢を超えたが、ついぞ、糸の鳴く音を聞いてはいない。
で、今切口はドボンコ全盛の状況になった。これも仕方のないこと。
私たちは、砂浜に蛇篭やテトラの入り始めた福田港や三軒屋に釣り場を求めたのである。
当初の無垢なクロダイは、フカセなどと理屈をいうまでもなく、
いかに、その場所で竿をだすか、ポイントに餌を入れるか…であった。
腰まで海に浸かり、あるいは滑り止めを足に巻いて波に立ち向かえば、
荒々しいアタリを引き出せたのだ。
やがて、三軒屋に17基のテトラが入り、クロダイもそれなりにスレてきた。
それは、今切口に発して伝えられてきたフカセ釣りが復活する時でもあった。
ロッドはテレガイド、つまり、外ガイド。
だが、支障は何もない。竿に伝わってくる感触でアタリを取ってはいなかったからだ。
糸のフケ、走り…でアタリを知り、食わせ込んで次のコツンで合わせる。
これが、遠州フカセ釣りの基本である。
混乱するのは、あっという間にUガイドロッドが普及した後。
Uガイドは鋭敏にアタリをグリップに伝える。
また、床を取って云々という前打ちのセオリーが惑わせたのも否めない。
●どこが違うのか
遠州灘の波の中で床を取るのは至難の技、というよりはできない。
第一、テトラ下の蛇篭より前は砂地だから、そこにクロダイはいない。
これは確かである。
クロダイが付いているのは、足下のテトラのえぐれ、
あるいは突き出したテトラ脚の下なのだ。
まずは、ここに餌をどう運ぶかなのだ。波は荒い。
ド~ンとテトラを打って波しぶきを被るくらいが好条件である。
テトラに当たった波は水流を作る。この水流を読む。
どのタイミングで、どこに振り込めば、この水流に乗るのか。
まさに渓流釣りでいうナチュラルドリフト。
フカセ…とはなにか。
フカセるとは、糸フケのフケである。
糸を張らない、漂わせる…などいろんな意味がある。
そしてフカせることで餌が自然に水流に乗る。
オモリの力を借りずに、あの荒い波の中で底に送り込む事が出来るのだ。
糸を張ってしまっては、これは出来ない。
クロダイのアタリも変わってくる。フカセることで成立する釣法なのだ。
だから定型がない。
同じポイントを攻めても、人それぞれ振り込み場所も、糸のコントロールも違う。
もう一つ、違うものがある。アタリを捉えてから、まだ送り込むことだ。
初めて伊勢湾で竿を出した時、戸惑った合わせの違いがこれ。
遠州灘では魚巣で待機しているクロダイの近くに餌を送り込む。
迎えに出たクロダイが餌をくわえる。
グリップにはコツンと感触が伝わるが、まだ本食いはしていない。
荒波ゆえの習性である。
くわえて魚巣に戻り、そこで本食いをする。
だから即合わせで、ハリ掛かりする率は低くなる。
ここまで読んでいただけたら、まったく釣法が違う事がお分かりいただけたと思う。
前打ち…と呼んでも構わない。
が、この遠州には今切口をルーツとする「フカセ釣り」があることだけは、
知っておいてほしい。
■付記
どの土地にも、その釣り場条件に合わせた釣法が伝わっている。
前打ちも元をただせば、伊勢湾に発した土着釣法である。
Uガイドロッドを全国に普及した功績は大きい。
が、それぞれの土地の釣法との融合がない限り、釣果を得るのはほど遠い。
また、その土地の釣法を誇りをもって伝える人も少なくなってきた。
私のようにこだわり続けるバカがである。
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