■修羅場の中で

これは、第5話の「神津島の1週間」のなかでの出来事。
ナライ風が強くて、汽船が欠航している島に置いてきぼり。
することは釣りしかない。かなりの時化のなか、オネモ島へでていく。

2日目くらいだったか、昼前に波が高くなって、緊急撤収がかかった。
波の落差は10mちかくあった。引き波だと渡船の舳先が遙か下に下がってしまう。
当然ながら、磯に舳先を付けても1人を撤収するのがやっと、
しまいには舳先のタイヤにぶら下がれ....... ということになった。

昭和52年だったと思う。
私はバリバリ。磯端に出て荷物渡しをしていた。
3隻の渡船が代わる代わるに磯へ寄せて人を乗せていく。
そのうち、1隻がタイミングが悪く、舳先を磯に当てて折ってしまった。

渡船には舳先に、渡りやすいような艤装がしてある。
これが折れてだらりとぶら下がった。
2隻で3隻ぬ分の客を下ろす。怒号が飛び交い、まさに修羅場。

荷物を助手に向かって放り投げた時、手のひらに激痛。
みると、サビキ鈎が刺さっていた。
仕掛け糸の4号が切れたのだから、相当のショックだ。
荷物のバッグは船に届かず海面に落ちた。
修羅場の中で、島の診療所にいくことが思い付かなかった。

抜かなければ...の思いだけ。
エサのムロアジを釣ったサビキだから反対へは抜けない。
こういうときは火事場の馬鹿力だ。躊躇わずに引き抜いた。
鈎のカエシに肉片が付いていた。痛みはまったく感じなかった。

ただ、手のひらから血が噴き出していた。
荷物を流出した仲間のところへ、その手を黙って差し出した。
彼は覚えがあったのか、言葉を出さずに頷いた。

●親指がない

まだ、サラリーマンのころだった。
開発課にいて、現場で試作を作ったりしていた。
立ち会い検査かなんかだったと思う。

まわっている機械の横に立っていた、
私の体がいきなり後ろへ引き倒されたのだ。
起きあがって痛感の麻痺した左手をみると、そこには親指がなかった。
なかったのではない。

はめていた軍手がずたずた担っていて、
その陰に皮一枚でぶら下がっていたのだ。
さすがの私もヘナヘナとその場に座り込んでいた。

その日は土曜日、近くのヤブ外科に運ばれた。
ほんとにヤブ.だった。アレルギーでは麻酔が打てない。
どうしたかというと、ベッドに紐を縛り、これを掴んで耐えろ... という。

麻酔をほんの少量で手術。
なぜか、痛みには強い体質で、これには耐えたが、
仮の縫合で月曜日までの2日間は痛みのために眠れなかった。
月曜日に大病院で5時間の手術。
神経や筋をつなぎ、30針ちかい縫合で親指はかろうじてくっついた。

それから40日間の入院。
第2関節の骨は砕けて脱臼してしまっていて固定、
第1関節のリハビリを一所懸命にする毎日。
筋がぎしぎしと肉のなかで動いた。

労災病院の医師が相当の腕前だったらしい。
インターンを交えての手術は半身麻酔だから覚えている。
退院の時に、「われながら、これはうまくいった」と。

手術の翌日の回診に、
「指が使えますか? この指は釣りに大事な指なんです」といって、大顰蹙をかった。
隣にはプレスで指全部を潰した若者が、毎日、泣いていた。
この指、石鯛釣りでのリールスプールをサミングする指だったのだ。
この指がないとイシダイ釣りができないのだ。

ともあれ、指はくっついた。
麻雀牌が積めなくなったのと、フォークがうまく扱えず洋食が食べにくくなったのと、
冬の釣り場で感覚がなくなるのを除けば、ほとんど忘れているようになった。

第何級の障害とかで、300万円ちかい一時金を貰った。
ブルーバードSSSを買い、イシダイ竿を1本買った。

●スネに鈎

渥美半島によく通っていた。
磯釣り野郎には、土田、和地の岩礁のある風景がたまらないのだ。
100mも沖合で波が砕け、露岩の頭で渦を巻いて、白泡を噛む。
湖に風景を見ているだけで気持ちが安らいだ。

ある日、例によって磯釣り仲間と土田にいった。
潮が干潮にちかくなり、しばらくは釣りにならない。
固まって話をしているとき、突然、隣の釣友が、痛いッと叫んだ。
なんと1人だけ残って投げていた奴の鈎が、
ズボンを通してスネに刺さっていた。

ヒラを切って反対に抜けば大丈夫そうだった。
よし、オレがやってやろう。ペンチを持ち出し、
鈎の平打ち部分を切ろうとしたら、なんと、彼が倒れてしまった。
貧血を起こしたらしい。

ダメだ、こりゃ。
80kgもある大物を3人掛かりで担いで。近くの外科を探すことになった。

釣りにペンチは欠かせない。
もしも、鈎を刺してしまう事態になったら、反対側に抜ける位置であれば、
平打ち部分を切ってしまえば簡単に抜ける。
多少は痛いが、ま、貧血をしなければ大丈夫だ。
もっとも、それ以前に「キャスティング時には後方注意」が肝心。

●またもや肉片が付いていた

つい、この間の話である。
団子を投げた途端に手のひらに激痛。みると、小指の付け根に鈎がぶっすり。
その前の釣行で鈎を延ばされているから、この鈎がごっつい。
ペンチで切れっこない、鈎をチョイスしてきていた。

付け根のふっくらした所だから、反対にも抜けそうもない。
医者にいこうか、と思ったが、半日ダンゴを打ってやっと雰囲気がでてきたところ。
このまま釣りを放棄することは出来ない。

となると、神津島のように荒療治しかないわけだ。
同行のサンノジ君にペンチで引っ張って貰う。ダメだ。
魚なら簡単にすっぽ抜けるくせに、カエシが肉にがっちりと食い込んでいる。
鈎を付けたまま釣りをするわけにはいかない。

魚で、鈎が抜けないときにはどうするか考えてみた。
いったん、奥へ押し込んでゴリゴリやる。やってみた。
痛いなんてもんじゃないが、釣りを終えて医者にいくことを思えば我慢出来る。

ペンチで引っ張る。
まだダメだ。これくらいやると痛みは麻痺してなくなる。
もう一度ゴリゴリ。
手首を左手で押さえて置いて、サンノジ君に思いきってやれ、
さすがにビビッたそうだ。が、幸いなことにこれで抜けた。
サンノジ君が「鈎、どうします」。そんな物いらん、
と手にした鈎には、またもやカエシに肉片が付いていた。
血が吹き出している。

これを絞り出すように、手のひらを押して、さらに血をだす。
正解かどうかはしらないが、細菌が中に残らないようにとやっている。
10分ほどして血が止まった。何くわぬ顔で釣りを再開した。

●備えあれば憂いなし

随分と昔だが、毎年、赤十字の講習を受けていた。
なんかの資格も貰ったような気がする。応急処置ではあるが、あれが役に立っているようだ。
釣りをしていれば不慮の事故がないとはいえない。

一応の知識は身に付けておいて損はない。
そういえば、溺れた児童を仲間と交代で人工呼吸して、
救急車がくるまでに蘇生したこともあった。
実際にやってみると、気道確保だけでも難しいものなのだ。

テレビで真似事をやるが、あれで人工呼吸ができると思わないほうがいい。
そう簡単なものじゃない。

まず気を付けるのが第一だが、ペンチ、救急薬品は釣り具と一緒に持っていったほうがいい。
私のバッグには、消毒液、傷口のスプレー薬、絆創膏、三角巾...がいつも入っている。
骨折や捻挫は三角巾があれば応急手当が出来るものだ。
そんなことがあってはいけない。
が、アウトドアを楽しむ以上、これくらいの備えがあれば憂いなしだ。

■付記

骨折1回、捻挫1回、鈎刺し3回。何にも自慢にならない私の釣り場での事故である。

磯釣りは、油断がすぐ事故につながる。
そのために救急講習をうけるし、実際に海に飛び込んでの訓練もする。

ナマ療法はいけないが、知識はつけておいきたいもの。